むかしのことですが・・
ちょっと思い出して・・
過去のブログを振り返ってみました。

「みっちゃん」のこと
くるぶしほどの雪がつもった雑木林の道を登っていく。
「みっちゃん」と声をかけると、
5m程先を歩いている雑誌犬の「みつこ」が、こちらをふりかえってくれる。
顔だけ後ろに向けて、ニコニコしながら。
そして、また、ヒョコヒョコ、昨日みつけた撮影ポイントを
案内するかのように進んで行く。
もう、だいぶ前になる。
こうやって、年末から正月の期間、八ヶ岳のふもとの小屋に、
一人と一匹、寝泊りをしながら、
初日の出や自然のシーンを5年程、撮影し続けていた。
自分は何を写したいのか。
自分はこのまま、どうなってしまうのか。
己れの心を確かめるかのように、とめどもなく野山を歩きまわっていた。
その時、かたわらにいてくれたのが、みっちゃんだった。
暗くなると、電燈の下、一緒にこたつに入りながら、一日の疲れをとり、
酔っぱっらた僕の戯言に文句もいわずに、つきあい、うるんだ黒い瞳で、
ずっとみつめつづけてくれた。
「何をいっているの? 私は、ことばはわからないの・・・。
でも、いっしょにいるよ。」と、つたえているかのように。
そんなみっちゃんも、一昨年の正月に亡くなってしまった。
17才ぐらいの高齢だった。
子犬の頃に、拾われて来て実家にいたが、我が家に引き取り、暮していた。
誕生日もわからない、孤独な生命との出会いから、心がむすばれ、
家族としていきていく、みっちゃんの存在は、大切なものへと広がっていった。
私事だが、幸福なことに「クイール」という犬と出会い、
かれの誕生から死期までの一生を撮影することができた。
その時、クイールの瞳の中に写しだされたのは、
自分の心であるかのように感じられた。
そして、みっちゃんも同じように、
彼女の瞳には、自分自身に葛藤する、
あの頃の己の心が写し出されていたのだろう。
みっちゃんは、今でも生きているように感じる。
心の中に、ずっと生きつづけてくれている。
一つの生命との出会いが、多くの思い出とあたたかさを感じさせてくれた。
・・・いつも「こころ」にいてくれて ありがとう。
みっちゃん
秋元 良平